開発の背景
セメントと砂・砂利・水などを混ぜて作られるコンクリート。材料のセメントや砂利は水より密度が大きいため、水と他の材料が分離しやすいという性質があります。材料が分離すると、コンクリートが本来有する強度を発揮できなくなるので、「高分子増粘剤」を加え、分離しやすい性質を抑えています。しかしこの「高分子増粘剤」にもデメリットがあり、セメント粒子に吸着して流動性を阻害、配管でコンクリートを圧送する際の抵抗が大きくなってしまうという問題を抱えていました。
これはコンクリートという材料の性質上「致し方ないこと」であり、「解決不可能な常識」と考えられてきたのです。
そこに、花王のテクノケミカル研究所員が一石を投じます。
「高分子がダメなら、低分子は?」 ~紐状ミセルがヒントに~
花王株式会社テクノケミカル研究所員の小柳幸司さんは、コンクリートの分離しやすさと流動性の問題を一挙に解決できる方法はないものかと考え、「添加していた『高分子増粘剤』を『低分子』にしたらどうなるか?」と発想の転換を試みました。花王が得意分野とする界面活性剤を活用すれば、うまくいくのではないか…?
前例のない開発は、手探り状態からスタートしました。
「いろいろ試した結果、着目したのが『紐状ミセルのレオロジー物性』です。球状や層状と比べて挙動が特異だったので」
小柳さんは、シャンプーやリンスなどの既存製品に用いられていた球状・層状ミセルとは形状が異なる「紐状ミセル」の未知の可能性にヒントを見出し、紐状ミセルの長さ・絡み合いのほどけやすさの調整によって粘弾性を制御できることを発見。こうして誕生したのが、「100A」「100B」の2液からなる「ビスコトップ」です。
画期的なコンクリート増粘剤の誕生
「100A、100Bそれぞれの液はサラサラで流れやすい状態ですが、これを混ぜるとミセルの形が変化して強い粘弾性が発現します」低粘度のAとBを別々の配管で圧送し、施工する直前に両者を混ぜ合わせれば、送る際のストレスを解消しつつ均一で強固なコンクリートを打設できる。お客様から「粘性が高いのによく流れる!」「水に触れてもバラバラにならない!」といった感嘆の声が寄せられたことからもわかるように、その性能と環境負荷の低さは驚異的なものでした。
新たなるニーズ、新たなる挑戦
小柳さんの研究成果は、全国発明表彰で「21世紀発明奨励賞」を受賞するなど高い評価を得ました。しかし、そこに思わぬ要望が届きます。
それは「2液混合タイプであるビスコトップを1液にしてほしい」という現場からの声でした。
「不注意で、片方だけで施工してしまった」「混ぜ合わせる量を間違えた」などの人為的ミスが現場では起きがちなので、最初から1液の方がよい、というのがその理由。
「確かに、私たちは研究室で何gと何gを混ぜて実験していますが、現場で扱うのは何百リットルという莫大な量。スケール感が違うので、一口に『混ぜて使ってください』といってもちゃんと伝わらない可能性もありますよね」こうして、2液タイプとして完成と見られていたビスコトップの1液タイプの開発が始まりました。
失敗の連続…その先にあった突破口
AとBの2液を混ぜることで高粘度を発現させていたビスコトップ。しかし1液ということは、最初から両者が混じり合った高濃度の状態で、なおかつ圧送時の抵抗が少ない低粘度を備えていなければなりません。コンクリートの性能保持のためには希釈によって粘度を下げるわけにはいかず、「添加剤を使用して低粘度を実現する」という仮説に基づいて、最適な添加剤を探求。
なかなか狙った粘度に変化させることができず、実験は失敗続き…。そこでまた小柳さんの〝ひらめき〟が打開策となります。
「1液品に添加剤を投入すると、(粘弾性制御のカギとなる)紐状ミセルが短く変化し、低粘度になる。ということは、スラリーに入れたときにその添加剤が消えれば紐状ミセルが再生するのではないかと考えたんです」
この「特殊な添加剤」を発見したことにより、2液品と同一性能で1液のまま施工できる「ビスコトップ 200LS-2」が完成しました。
新たなる飛躍、新たなる可能性
研究は止まることを知らず、次なる挑戦として新製品「ビスコトップ 500K」と「ビスコトップ 1000CP」を開発しました。
これらの製品は、2023年に販売が開始され、瞬く間に市場での注目を集めています。
いずれの製品も1液タイプの製品であり、気候変動が大きい日本においても、年間を通じて安定した性能を発揮します。
また、従来品と比較して約半分の添加率で効果を発揮しますので、経済性と性能の両立が実現できるようになりました。
研究・進化の道に終わりなし
現在、花王では、地盤改良や港湾の耐震補強、軟弱地盤の液状化対策といった多様な需要に対し、ビスコトップによる新材料の開発、施工法の検討を進めています。
「開発から今日まで改良を重ねて、ビスコトップの製品としての完成度はかなり高まっています。しかし、私たちの研究にゴールはありません。エネルギー採取などの新しい用途への応用や、使いやすさの向上など、さらに追究していきたいと思っています。」
コンクリートの施工プロセスに劇的なブレイクスルーをもたらしたビスコトップ。あらゆる生態の命を守り、建築・土木工事が自然界にとってよき存在となるように、さらなる進化を目指した挑戦が続きます。